【源氏物語を読む】
『新潮古典集成源氏物語』夕顔巻
P145.L14「日たくるほどに」~P147.L10「めざましう思ひをる。」
今回は、日が昇っていてもなお少し気味の悪い宿で光源氏と夕顔が歌を詠み交す場面を読みました。
日が昇る頃、光源氏は格子を上げるのですが、今いる宿(河原の院)は少し荒廃していておそろしい、という描写がされます。しかし光源氏は「鬼がいても私であれば見逃してくれるだろう」とかなり余裕のある様子が窺えます。そして、この時点ではまだしっかりと夕顔に顔を見せていなかった彼は、このタイミングでようやく顔を見せ、歌を詠みます。夕顔の反応は芳しくなかったのですが、今の光源氏にとってはそんな様子もまた素敵だと思われるのです。結局夕顔の名前は教えてもらえないまま少しつれないと思いつつも睦まじく語り合いながら過ごしていました。
一方惟光は、光源氏の元へ間食を持っていくのですが、夕顔のことを調べるために光源氏の関係者であることを隠していたことを右近に言及されるのを恐れて、光源氏の近くからは早々に立ち去ってしまいます。その時の惟光は、光源氏が夕顔に熱中している様子を見て、夕顔が魅力的な女性なのだろうと推し量りつつ、「(夕顔を)自分のものにしようとすれば出来たのに光源氏に譲るなんて、我ながら心が広い事よ」などと考えていたのです。
今回の場面でまず目に入るのは、光源氏が顔を明かすときに夕顔と交した贈答歌です。光源氏の歌は、
夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えしえにこそありけれ
というもので、夕顔との偶然の出会いを指しつつ、あのときの相手はこの私だったのですよ、という内容です。そして、最初に夕顔が送った歌にあった「白露の光」を受けて、光源氏は歌の後に「露の光はいかに」と付け加えます。
一方で夕顔の返歌は、
光ありと見し夕顔のうは露はたそがれどきのそら目なりけり
というもので、「光っていると思った夕顔の露は黄昏時の見間違いだった」、つまりは、たいしたことない、という内容です。
この場面について、光源氏の(冗談めかしていたのかもしれませんが)「露の光はいかに」という言葉についての感想が盛り上がりました。自分の顔を露の光に見立て、「さぁどうですか?」と自分の顔を明かすのです。中々の自信が見えますね。光源氏が本心で自分の顔を露の光と思っていたのか、茶目っ気を出したのか、その両方なのかは分かりませんが、クスリと笑えるおもしろシーンだと思います。
その後すぐに、歌を詠み合った後に光源氏が夕顔に名前を教えてくれと頼み、断られる場面があります。その時の夕顔の返事は「海士の子なれば」という『和漢朗詠集』から引いたもので、名乗るほどのものではないという意味が込められています。それに対して光源氏は、「これもわれからななり」と返します。これは『古今和歌集』から引いたもので、海士の刈る海藻についている「われから」という虫のように自分のせいなのですね、という意味が込められています。こういった引き歌が使われている場面を見ると毎回、教養があっておしゃれだなと思います。私が忘れ物をしたときに「にんげんだもの」と言い訳をしもおしゃれにはならないのに。
また、光源氏と夕顔が語り合っている場所へ差し入れを持っていく惟光についても話が上がりました。以前夕顔の情報を得るために彼女のいた屋敷を出入りしていた惟光は、光源氏に差し入れを持っていく際に夕顔の侍女である右近に遭遇するのを避けて、早々にその場を離れます。その時に、「(光源氏に夕顔を)ゆづりきこえて、心ひろさよ」(譲ってあげるなんて、我ながら心の広いことよ)と考えていることが描写されます。夕顔を自分のものにしようと思えばできたのに、と考える様子からは、惟光が夕顔のことを少し侮っていることが伝わってきますが、それと共に、右近から隠れるように部屋を離れながら「俺って心広いわー」と思っている惟光の様子には、どこか面白おかしいものがあると思いませんか?ちなみに、ここで惟光が光源氏の元を離れたことが後になって響いてきます。
最後に、夕顔と語り合い、くつろいでいる光源氏の様子について、「まいてゆゆしきまで見えたまふ」と描写されます。「ゆゆしき」には不吉・怖い、などの意味があります。光源氏の様子が美しいと描写される事は何度もありますが、ここでは「きよら」などではなく、不吉さを感じさせる「ゆゆし」が使われることで、何かが起きるのではないかと読者に感じさせる効果があるというお話が出ました。また、神様などの天上の存在は優れたもの・美しいものを好む性質があるため、度を過ぎて優れていたり美しかったりすることは、当時の価値観ではどこか不吉さを孕んでいたようです。
今回読んだ部分は、贈答歌・不吉な雰囲気・少し笑える言動と、たくさんの要素があったため、読んでいて面白かったです。ハイライトは「露の光はいかに」でしょうか。
次にブログを書くときはもう少し早く上げられたら良いと思います。
文責:門井
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