2022年の活動

6月11日

【源氏物語を読む】

『新潮日本古典文学集成』P83.L6「思ひあがれるけしきに」~P86.L6「簀子に臥しつつ、しづまりぬ。」

 

(内容)

ざっくりとした内容は以下の通りです。

 

 方違えのために伊予の守の家を訪れた光源氏が、かねてより聞き及んでいた女(のちの空蝉)が気になって女性達の話し声に耳を傾けるも、めぼしい成果は得られない。一瞬自分に関する噂から藤壺の事がばれたのかとドキッとするも、特に問題がなさそうなので聞くのをやめた。供人達が寝静まったのち、紀伊の守に子ども達の話を聞いている。

※守:紀伊の守(=伊予の介の息子)、光:光源氏

守「この子は衛門督の末っ子ですが、幼い頃に父が亡くなってしまったので姉(=空蝉)の縁でここにいるのです。見込みがあり、殿上童も望んでいたのに、残念なことです。」

光「不憫なことだ。するとこの子の姉が君の継母か。そういえば以前帝が「入内を希望していたがどうなったのだろう」とおっしゃっていたな。」

守「図らずもこのようになったのです。世の中何が起きるか分かりません。特に女性は不安定で気の毒です。」

光「伊予の守はその姉君を大事にしているだろうな。」

守「それはもう。ですが私たちとしては受け入れがたいものです。」

光「しかし、彼女を下の世代に渡すわけにはいかないだろう。伊予の守はなかなかの者だな。(若い妻を受け入れたな。)」

などと話している内に、酒が回って供人たちは寝静まってしまった。

 

(感想) 

 女性達の話に耳をそばだてる源氏の様子から、藤壺のことをかなり気にしていることが分かりました。既に妻を持っていて真面目な印象を抱かれる源氏だからこそ、特に思っている相手に関する秘密がばれるのは嫌なのだと思います。また、噂を聞くだけで「彼女との秘密がばれたらどうしよう」と心配する様子は年相応で、親しみを感じました。

 紀伊の守と源氏の会話の場面からは、父親が早くに亡くなってしまうことの重大さがよく分かりました。父親が出世前に亡くなってしまう事は、蔭位の制による恩恵を受けられなくなってしまうことを指し、当時1人で出世することが非常に困難であった女性にとっては、出仕への道が限りなく狭められることに直結します。父親に出世の可能性があり、自分もかなり素質があるという条件のもとであっても、特に女性に関しては、親の生死一つで将来が左右されてしまうというのは気が休まらなかったと思います。医療が未発達で人の死が現代より身近であった時代においては、出世に必要な要素のうち、運の割合が高く、常に生死に関する「無常観」がつきまとっていたのではないかと考えました。実際に父親が早くに亡くなった途端、家系図が急に途切れてしまう、つまり、文字として残らない程度の位まで落ちぶれてしまうことはよくあったそうです。古典における「故」一文字の重要性が分かりました。

 

(おまけ)

今回は物語中の用語について色々と教えてたいただきました。

・衛門府:宮中の警備などを行っていた。衛門府督に就く人は大臣になれる可能性もある。

・殿上童:将来出仕するために見習いとして昇殿する、10歳くらいの男子。

・四等官:国司の官職。等級は上から「長官(かみ)」「次官(すけ)」「判官(じょう)」「主典(さかん)」がある。

・国の等級:都からの距離や産物などから「大国」「上国」「中国」「下国」と分けられた。

・受領層の官位:上国の受領層は五位程度だが、例外もあるため断定はできない。

 

・伊予国と紀伊国は両方とも上国(紀伊国>伊予国)であり、「介」は次官、「守」は長官を指すため、作中の「伊予の介」「紀伊の守」は上国の受領層で、官位はおおよそ五位程度と考えられる。

・「衛門督」は衛門府の長官で、官位は従四位程度と考えられる。家としての格も高かった。作中では娘が小さい内に亡くなっていることから、「衛門の督」の段階ではまだ若く、さらなる出世も望めたかもしれない。衛門督が生きていれば、その娘である空蝉も恩恵を受けられるはずであった。

 

 作中では、紀伊の守が光源氏にわざわざ空蝉とその周辺事情を語っています。これは、元々格の高い家に生まれ、親の恩恵による入内の可能性もあった空蝉が、父親の死ひとつで格下の家の男性と結婚し、私的な売り込みがないと昇殿すらままならないような地位にまで落ちぶれてしまったことの現れです。これらの事情が分かると、紀伊の守の「今も昔も定まりたることはべらね。中についても女の宿世は浮びたるなむ、あはれにはべる。」という言葉の重みが改めて分かります。制度上仕方のないことだとしても、やはり当時の女性の立場の危うさには何か思うところがあったのかもしれません。

 今回のように、官職などに関する予備知識が無いと読み取りにくい場面もありますが、その度に確認をすることで最終的に意味が分かればそれで良いということを実感しました。今後も必要に応じて基礎知識を確認しながら、好奇心に逆らわず物語を楽しんでいきたいです。

 

 

文責:門井